戦中生まれのわたしの両親に、以前「今までで1番の衝撃って?」と聞いたとき 2人ともに あまり考えもせずに母は「ピザ」と、父は「チョコレート」と答えた。
田舎うまれで昭和18年生まれの母は、あまり食糧難のことは思い出さないらしい。代わりに洋画で観たピザが衝撃だったらしい。
母曰く
「スクリーンの中の子どもが食事をしていたの。アツアツの何かをほおばったかと思ったら、口から何かのびている。いったい、これは何だろう?手づかみで食べているのはなに?」
「ずっと分からなかったのよ、それが ” ピザ ” だとわかったのは仕事を始めてからのこと」
東京生まれの昭和13年生まれの父は、ガッツリ食糧難を覚えていて米兵にもらったチョコレート それも「ハーシーチョコ」が、今でもチョコレートで1番おいしいと思っている。
さて、私の「衝撃」は何だろうと考えたとき、両親のように衝撃の「味」は 思いつかなった。
その代わりに思い出したのは「録音された自分の声を聞いたとき」だ。アラフォーには、あるあるネタかも。
しかし、これを子どもたちに話したら「なんで、自分の声がビックリするの?」と言われた。
たしかに、うまれたときから携帯などで撮影されていて それを「ほら、ご覧」と、事あるごとに見ていれば 自分の声などビックリするはずもない。
先日行った、兵庫のキッザニアでもらった 子どもたちが職業体験をしている様子のDVDを子どもたちと帰宅して観たときも
「わたし、次でてくるから」「オレ、ここで間違えちゃってさ」なんて、冷静にみている。
いまだに、携帯で撮影された 自分の声に「ホントに、これが私の声なのか?」と、こそばゆいような 私とは大違い。
子どもたちが、私と同じ年齢になったとき「衝撃だった」と感じることは何なのだろう?
「お母さんの怒り狂った姿」と言わないことを願う。