吾輩はズボラなるままに

中2、小5、小3の3児のママです。子ども全員明るく不登校中。ズボラ万歳で過ごしています!

親は待つしかない

小3息子がフリースクールで、隣県まで、出掛けるという日。

 

今回の集合場所は、いつもと違う駅。

 

車より、電車で行った方がよかろうと、小5娘と共に、その駅まで息子を送って行った。

 

駅で息子を、フリースクールスタッフに預けると、さて、娘と2人になった。

 

このまま帰宅もなんだから、この辺りをブラブラしようかとなった。

 

午前10時。

 

開店したばかりの洋服屋、雑貨屋、ケーキ屋のショーウィンドウなどを娘とのぞく。

 

「あの服、可愛いね」

「見て!あのショートケーキ、イチゴが沢山!」

「こういう小物、好きなんだよね」

 

ウィンドーショッピングをし終わると、カフェに入って一息。

 

何となく、娘が、楽しめていない気がする。

 

そりゃあそうだ、さっきから喋っているのは、私ばかり。

 

そうなんだ。娘は、ずっとモヤモヤを抱えている。

 

何かしたいけれど、何がしたいのか分からない。

 

どこかに行きたいけれど、どこに行きたいのかは分からない。

 

友達は欲しいけれど、人の多いところは、同年代のいるところは苦手。

 

そんな感情も、分からない訳ではない。

 

そろそろ、親と一緒にいて、楽しいなんて年頃でもなくなってくる。

 

案の定、帰りの電車では膨れっ面になった。

 

その膨れっ面が、コロッと直ったのは

「近所のパン屋に久々に寄ってみようか」

と言ったから。

 

そういえば、私の父が言ってたっけ。

 

「"おい、1つ何か食わねぇか?"これを言っておきゃあ、人間、たいていは機嫌がなおるんだよ」

 

また、バカっ話を…と、まともに聞いてこなかったが、案外、イケるのかも?

 

娘が、親に似て、食いしん坊で良かった。

 

こうやって、親は、待っているとしよう。

大寒波。私の脳も大寒波

地球上では、同じ場所で生活を共にすると、派閥とか勢力争いというのが、しばしば勃発する。

 

ここ1年ほど、我が家の冷蔵庫内の勢力図が変化した。

 

何が変わったかといえば、以前までメインの1番上の棚を支配していた、1Lの牛乳たちの、目を覆いたくなる衰退っぷり。

 

「1Lの牛乳を1ダース」

これが、数年に渡り、我が家のマストであった。

 

ごく一般的な家庭用冷蔵庫に、1Lの牛乳が1ダース。

 

その光景とは、どんなものかって?

 

冷蔵庫を開けると、目に飛び込むは、牛乳、牛乳、牛乳、そして牛乳。

 

飛び込むというか、もはや刺さる。

 

何故、そんなに牛乳が必要なのか。

 

それは、子ども3人が水代わりに飲んでいたから。

 

その巨大牛乳勢力が、あれよあれよと、お茶に政権を奪われ、今や、中2息子が、日にコップ1杯飲むかどうか。

 

そんな訳で、牛乳は、今や、多くて1Lが2本、全くないときも。

 

こうして、メインの1番上の場所は、古参の調味料と、日々出入りする新参者とが暮らす日々。

 

しかしながら、今度は、野菜室と冷凍庫が、勢力争いを始めた。

 

現在、野菜室のキングは、朝に晩に炊飯器を稼働させている、その名は、5キロの米。

 

開封した米は、冷蔵庫に入れた方が良いというので、その大きさ故に、収まるところは野菜室しかなかった。

 

白米の現在の最大ライバルは、白菜。

 

これが、時々、キャベツになることも。

 

冷凍庫は、更に争いが激化。

 

鶏胸肉、鶏胸挽き肉、豚肉細切れが三つ巴で常に争い、そこに大袋のソーセージ、冷凍食品軍も虎視眈々と狙っている。

 

…だからどうした、冷蔵庫。

 

…それでどうする、この話。

入浴剤の思い出

少し前に、入浴剤を頂いたので、小5娘と、小3息子との入浴時、毎回使っている。

 

日本全国の、温泉の名前が書いてある、個包装のもの。

 

今、子どもたちは、毎度、お湯が何色になるのか楽しみで、キャーキャー騒いでいる。

 

私が初めて入浴剤を使ったのは、小学生の頃だった。

 

新聞屋さんから頂いた、小さな入浴剤1袋。

 

袋には「下呂温泉」と書かれていた。

 

小学生の私にとって、初めて聞く温泉地。

 

それもちょっと奇妙な名前に、妹と

「げろ…おんせん…??」

と、顔を見合わせたのを覚えている。

 

しかし、名前は奇妙だが、この「入浴剤」なるものをを入れた我が家の風呂は、この後、どんな変化が起こるだろうか。

 

妹と、空想してワクワクした。

 

海外映画でみた泡風呂になるのかも、どんな良い香りだろう、色はどんなにステキだろうと。

 

小学生2人の、夢は、脹らみに膨らんだ。

 

そして、いざ…。

 

ところが、目の前の風呂の中の湯は、底が見えぬほどに黒い。

 

香りは、想像していたバラの香りではない。

 

今なら、温泉が、バラの香りな訳はないと分かる。

 

だが、温泉に行ったことがない子どもには、そんなことさえ分からなかった。

 

湯をかき回せば、変わるかと思ったが、いくらやってみても、黒いまま、香りも変わらない。

 

妹と2人、しばらく黙って湯を見つめたっけ。

 

そんな訳で、私の初めての入浴剤の感想は

「温かい墨汁にでも浸かっているような感覚」

 

そこから、だいぶ長いこと、入浴剤拒否症になったものだ。

 

今では、入浴剤は、何なら好きになった。

 

下呂温泉にも行った。

 

下呂温泉の湯は、透明だった。

 

何故、あのときの、下呂温泉入浴剤は、黒かったのだろうか。

 

なんて考えつつ、昨夜も風呂に入った。

 

子どもとの入浴は、これ以上縮こまれないほどに、手足を折り曲げる。

 

それでも、温かい風呂は最高で。

 

湯の色なんか、もう、どうでもよくて。

 

そんな訳で、私の初めて知った温泉地名は、下呂温泉

みんなちがって、みんないい

「え~!?信じられない!」

「え~!?そんなの初めて聞いた!(見た)」

これ、私自身、言われたらイヤなのに、つい、自分では使ってしまう言葉だ。

 

素晴らしい手品をみたとか、壮大な風景に対してなどの、素直な驚きの言葉なら、いいのだが、これはときに、相手の言動を卑下する意味に使われることはないだろうか。

 

例えば

「え~!?(私は食べられるのに)これを食べられないなんて、信じられない!」

「え~!?(私はできるのに)できない人がいるなんて、初めて聞いた!」

 

物事には、必ず、相反する意見がある。

 

世界中の人が1人残らず、好きな食べ物なんてない。

 

世界中の人が1人残らず、好きな本なんていない。

 

世界中の人が1人残らず、世界平和が、自分の最優先事項なんて思ってない。

 

要は、自分がYESと思うものには、必ずNOと思う人がいるのだ。

 

そんなこと、ちょっと考えれば分かるのに、私もみんなも、すぐ忘れてしまう。

 

 

www.tv-tokyo.co.jp

 

「今夜すきやきだよ」というドラマをみている。

 

恋愛体質で、仕事はできるが家事は全くダメな女の子と、アロマンティックで、仕事はスランプ状態だけど家事は万能女の子の、同居生活をほんわか描いたもの。

 

このドラマで、私は初めて「アロマンティック」という言葉を知った。

 

 ideasforgood.jp

 

主人公の女の子2人は

「女は家事ができて当然」

「みんな、恋愛はしたいよね」

という世間の常識に苦しむ。

 

主人公2人は、そんな自分に向けられた他人の言動に、なかなかハッキリと「そうじゃない」と言えない。

 

モヤモヤを抱えながら帰宅し、唯一、自分のことを分かってくれる同居人に吐露する。

 

ドラマを見ながら、私も、世間の方の意見だったと反省した。

 

「家事ができないって言ったって、ちょっとはできるよね」

「恋愛が苦手?そんなのウソ!ホントは興味津々なくせに~」

って、私も思ってた。

 

「そんなの変だよ」

じゃなくて

「そういう考えもある」

ってなれたら、もっとこの社会は楽しくなるのにと思った。

 

もちろん、自分の生命を脅かすような言動に、そんな悠長に構える必要はないけれど。

 

あっ、そうそう、ちなみに、今夜、我が家は、焼きそばだよ!

 

公園で

小3息子は、昨秋から、夕方にフリースクールが終わると、毎日、その隣の公園で1~2時間遊ぶようになった。

 

その間、息子を迎えにきた私は、公園の目の前の駐車場で、ひたすら帰りを待っている。

 

ひたすら待っていると言っても、こうやってブログを書ける、1日で唯一の1人の時間でもあり、私にとっても悪くないのだ。

 

今までも、息子はこの公園で、何度か遊ぶことはあったが、長くても20分ほど。

 

そして、いつも、ちょっと寂しそうに、膨れっ面をして、私のいる車に戻ってきた。

 

寂しい膨れっ面なのは、友達がいないから。

 

公園で遊ぶ、息子と同年代の小学生の子どもには、たいてい友だちがいる。

 

公園へは、近隣の子どもが来ているから、同じ小学校だったり、近所の顔見知りだったりだから、当然である。

 

息子のように、車で30分かかる場所から来るような子どもは、公園にはいない。

 

同じフリースクールに通う子は、その公園では遊ばない。

 

公園にいても、自分に誰も声をかけてはくれないし、勿論、自分からも声をかける勇気もない。

 

遊びたいのに遊べない。

 

そんなもどかしさが、イライラが、寂しい膨れっ面になるのだ。

 

ところが、昨秋から

「1人で、公園にいても楽しいんだよ!」

と、なかなか車に戻ってこない。

 

心配して見に行くと、大勢の子どもが遊ぶ中、息子は1人でブランコをこいで、1人で滑り台にいて、1人で砂場の隅に立っていた。

 

何が楽しいのか、端でみている私には、分からない。

 

でも、非常に満足そうに、息子は戻ってくる。

 

そんなことを続けること、3か月。

 

その日は、やってきた。

 

息子に、念願の友だちが出来た。

 

その日は、いつにもまして、戻りが遅かった。

 

公園に行ってみると、、真っ暗な中、キャーキャー笑いながら、駆け回る子ども数人の影が。

 

その中に、息子もいた。

 

同年代の子どもとの、あんなに楽しそうな姿は、随分と久しぶりだった。

 

黙って、また、駐車場へ引き返した。

 

そして、今日も息子は1度、車に戻ってきたが

「友だちとゲーム機で遊ぶんだ!」

と、車内に置いた、自分のリュックの中からゲーム機を取り出し、また公園へ走っていった。

 

やっぱり満足そうに。

V6の「愛なんだ」を思い出したりして

今朝、実家からの電話があった。

ノロウイルスに感染しちゃったの」

と、感染した母自身からのもの。

 

「トイレに何度も行って」

「熱が上がったり下がったり」

と、母は自身の症状やら対処法を、事細かに説明してくれた。

 

どうも、私がノロウイルス未経験だと思って、今後のためにと電話してくれた様子。

 

だが、私、10年ほど前に、経験済み。

 

そう、当時、乳幼児だった上の子ども2人と、3番目妊娠中の私も一緒に罹患した。

 

このノロウイルス、とにかく、下痢と嘔吐が主症状。

 

子ども2人が嘔吐と下痢を繰り返し、その対処をしつつ、私自身の症状にも対処しなければならない。

 

要は、嘔吐→処理→下痢→処理×3人分の、無限ループ地獄。

 

そんなことを、笑い話として、母に話したら、電話の向こうで、母は大笑い。

 

自ら電話をして、笑えているのなら、まぁ、母の体調は大丈夫そうかな。

 

更に聞くと、父は罹患しておらず、元気とのこと。

 

しかし

「お父さん、冷蔵庫におかずがあっても、皿に盛りつけないと食べないから」

と、父のために、母が身体にムチ打って3食作っているという。

 

「父は大人だ。そんなことは止めて、今すぐに寝なさい」

と、諭した。

 

そうしたら、母はケラケラ笑いながら

「あなたって、おおらかな考えねぇ」

「そう言われたら、そうね。私は考えもつかなかった」

と。

 

その後は、父は全く心配してくれないと、ボヤキが出るわ出るわ。

 

でも、なんだかんだ言いつつ、父の面倒を、身体にムチ打ってしちゃう母。

 

母が出掛けると必ず、母の携帯に

「無事に着いたか?」

と連絡してくる父。

 

結局のところ、愛なんだよなぁ。

 

私達夫婦も、もう少し歩みよらなくてはなぁと感じた母からの電話。

大丈夫

1か月ほど前、中2息子の担任の先生と面談をした。

 

そこで

「高校はどうするのか?」

と先生に尋ねられ、たぶん進学は考えていないだろうと思ったが

「本人に確認してみる」

と答えた。

 

だけど、そのことを、本人には聞けないまま、年を越してしまっていた。

 

その日の朝も、私は起きて、いつものように、昼夜逆転中の息子が寝転がるリビングへ。

 

他の家族は、まだ寝ている。

 

息子とくだらない話をしたあと、進学はどうするのか、ズバリと尋ねてみた。

 

計画していた訳ではなく、何となく、口からでた。

 

「急だねぇ」

と少しだけ笑いながら、息子は、うつむいた。

 

それから、ちょっと間があって

「行かない」

と言った。

 

「アニメとか、動画でさ、高校でイジメにあったっていうのがあって、それをみたら色々思い出したり、考えちゃって、怖くなっちゃって」

と。

 

「そんな動画なんて・・・それに、将来が・・」

と返そうとした言葉を、かろうじて飲み込んだ。

 

飲み込めてよかった。

 

彼が進学しない理由は、もっとあるのかもしれない。

 

でも「怖い」と、彼にとって、カッコ悪いことを私に言ってくれたことが、良かったなと思った。

 

彼は、兄弟のなかで、最後に、登校拒否宣言をした。

 

以前の彼は、学校が好きで好きで。

 

友達が好きで好きで。

 

そう、改めて、更に、もっと、私は腹をくくろう。

 

キミ達、我が子3人は、生きているだけでいい。

 

信じている。

 

改めて、更に、もっと。

 

未来は、きっと。