吾輩はズボラなるままに

15才、中1、小5の3児のママです。子ども全員明るくニート&不登校中。ズボラ万歳で過ごしています!

CJ、トットちゃんを読む

私がお願いして始まった、お隣の外国人の奥様とのマンツーマン英語教室も、早いもので4ヶ月ほど経った。

 

お隣さんは、ご夫婦で外国籍の方。

 

ご主人は日本語が堪能だが、奥様は日本語はまったく。

 

『外国語を習うのに、先生が日本語が話せない方が上達する』

なんてことを、どこからか聞いていたので、これ幸いと、奥様の方にお願いをした。

 

だが話は、そう上手くはいかない。

 

なんたって、未だ私の英語レベルは、開始前と同じ低空飛行のまま。

 

教えてもらう単語や、文章などは、華麗に右から左へ流れ、我が脳にとどまることをしらず。

 

老化のせいにしたいが、それにしても…だ。

 

英会話教室は、特に教科書というものはない。

 

奥様との会話の中から分からないことを聞いたりして、授業は進められてきた。

 

ところが、最近

『このままでは、コイツの英語力は伸びん!』

と、奥様も気付いたのか、教科書が登場した。

 

その教科書というのが、英訳された『窓際のトットちゃん』

 

これを、万年低空飛行の私が読むことになった。

 

この本は、日本語が堪能なご主人が、日本語を学ぶキッカケになった本。

 

ちなみに、ご主人の現在の愛読書は、大江健三郎氏とのこと。

 

「面白いんですよ」

と日本語で書かれた、大江氏の本を、目を輝かせてご主人は私の前に出された。

 

出されたところで、おそらく生粋の日本人のはずの私だが、ノーベル賞受賞者ということ以外、かの方のことは知らないので愛想笑いが精一杯。

 

さて、話しを戻して。

 

このたび私の教科書となった『窓際のトットちゃん』は、小学生のときに読んで以来。

 

もちろん、日本語で。

 

『全く内容を知らない本より、私が少しでも知っている本が良かろう』

と、ご夫婦で教科書に選んでくれたらしい。

 

そんな数十年ぶりに、英語となって、私の前に現れたトットちゃん。

 

列車の教室に憧れたっけ。

小林先生、あんな先生いたらなぁと羨ましかったな。

 

そんな淡く甘酸っぱい物語を思い出しつつ、読み進めるはずが、蓋をあけると、たった1行読むのさえ四苦八苦の七転八倒

 

ピリオドまでの1文を、まず朗読し、それから最初に戻って、意味を1つずつ解読していく。

「えっと…この she は、トットちゃんよね?」

「えっ?違う?あぁ、お母さん?いや、先生か?」

「この単語の意味は?」

「ようするに、トットちゃんは…」

 

独り言の日本語をブツブツ言った後

「ここ分からないです!」

「ここは、こういう意味で合ってます?」

と拙い英語を、奥様に向かって投げ掛ける。

 

そんなんだから、1ページ読むのに30分以上かかる始末。

 

物語は、序盤も序盤、トットちゃんが、ようやく転校初日まできたところ。

 

終わりは、まったく見えぬほどに、果てしなく先。

 

奥様は

「あと5ヶ月くらいで読み終えるようにしましょう!あなたなら、できるわ!」

と言ってくれるが

「あと、5年の間違いですよ」

と訂正しておいた。

 

毎回、教室が終わると、どっと疲れる。

 

しかし、たった1文でも理解できると

「あぁ、そういうことか」

「あぁ、そういえば、昔に読んだとき、そんなフレーズがあったな」

なんて一丁前の達成感と満足感もある。

 

1ページに30分かかる生徒相手に、忍耐強く笑顔でつきあってくれる先生に感謝しつつ、CJ(中年女子)の手習いは、今日もつづく。

中1娘、はからずもダイエット中

『食べることが大好き』

『気になった食べ物は、どうしても食べてみたい』

『自分の食べ物が、人に食べられることが、この世で最も許せない』

というほど、食に対して貪欲??な、中1娘が、この数ヶ月で、宗旨替えをしたよう。

 

起きている間は、何かしら口に入っていた彼女が、食事以外、口に物を入れていない。

 

買い物から帰宅した私に、お菓子の土産がないと膨れていた彼女が、何もいわない。

 

外出すると、何処かで食べるのが、土産を買って帰るのがマストだと、口を尖らせた彼女が、寄り道せず帰宅がマストだと言う。

 

そうなると、どうなるかといえば、彼女は痩せた。

 

「強固な、ダイエットの意思がある訳じゃない」

と、彼女は言う。

 

きっかけは、歯の治療。

 

長期間かかる歯の治療が、少し前から始まり、口の中に四六時中、多少の違和感があるよう。

 

それで、食べることが億劫になったと。

 

運動は全くなしで、間食と食事のおかわりをなくして、24時間顔を合わせている私が分かるほどに、この数ヶ月で痩せた。

 

「歯の治療が終わったら、これを食べよう!とか考えてるの?」

と、娘に尋ねると、彼女は首をふった。

 

思春期にみられるダイエットからの、拒食症に発展…なんてことが、一瞬、頭をよぎった。

 

しかし、冷蔵庫内の残っていた唐揚げに、娘の字で

『絶対に、絶対に、この唐揚げを食べるな、食べたら絶対に、絶対に、絶対に許さない』

というのを発見。

 

これは、娘が、自分の食べ物を残したときに、それが入った器に貼っておく、毎度お馴染みの、家族に向けた呪いのメッセージ。

 

もちろん、このメッセージ入りの唐揚げは、その日のうちに彼女自身が、彼女の体内に片付けた。

 

そして、今日、彼女との会話で

「私、誰かとシェアする食べ物が苦手なんだ」

「だって

“ この食べ物は1人○個ずつだな "

って心の中で思っても、誰か多く食べちゃうんじゃないか、私の分が少なくなるかも!って心配で心配で!」

「だから、定食みたいな、自分の分がお盆の中で決まっている食べ物が好き!」

と、私に彼女は言った。

 

うん、食への貪欲さは失っていないな。

拒食症は…うん…今は大丈夫な気がする。

 

家族以外と、ほぼ交流なし。

不登校5年目、中1女子、ただいまダイエット中。

禁断領域解放す

午後10時、15才息子が、突然、断捨離を始めた。

 

大がかりなものではなく、本棚の1角のこと。

 

その1角は、彼が小学5年2学期に転校して、5年生が終わって

「学校にはもう行けない」

と宣言するまでの半年間使った、教科書やノートが乱雑に、4年もの間、放っておかれていた。

 

子ども部屋も、子ども用勉強机もない我が家。

 

居間の食事用机が、子ども3人の共通の机で、居間にある本棚の1角を、子ども各々の教科書やノートを置いていた。

 

不登校になって以来4年、ホコリをかぶり、縦横斜めに乱雑に置かれたノート、ファイルたちを開き

「おっ、懐かしいなぁ」

「オレ、こんなこと書いてたのかぁ」

などと言いながら、禁断の領域だったそこを、彼は、なんの前触れもなく片付け始めた。

 

30分ほどで、そこはポッカリ穴があいたように、何もなくなり

「おっ、いいじゃない!キレイになったね!」

という私の声に、彼は満足そうに、ニヤリ。

 

そして、その穴を背に、午後10時半過ぎ、居間の定位置に戻って、いつものようにゲーム機をいじり始めた。

 

翌朝も、本棚は、空っぽの穴があいたまま。

 

その穴を、起き抜けに見る私に

「キレイになったよなぁ」

と、腕組みをしながら断捨離した本人が、満足げにやってきた。

 

2人で見ていると、何もなくなった穴の周りの棚には、もう何年も誰も読んでいない本が。

 

「よし、思いきって処分しちゃおう!」

ふいに、そんな気になった。

 

実は、そのほとんどが、私の本。

 

その本は、まだ子どもたち3人が小さくて、髪を振り乱しながらワンオペ育児をしていた頃、私が台所やトイレに隠れて、ようやく1日1~2ページを読んでいた文庫本たち。

 

当時、唯一のストレス発散であり、唯一の現実逃避だった。

 

『いつか、もう1度読むだろう』

と、読みもしなくなったのに、捨てられなかった。

 

『いつか、いつか』

の文庫本たちを、朝から息子と一緒に片付けたら、あっという間に、本棚には空っぽの穴が、いくつも。

 

感慨深く、それを見ていた私の目の前を

「ちょいと、ごめんよ」

と、息子の大きな背中が立ちはだかり、穴のあいた箇所に、マンガ本を並べ始めた。

 

そのマンガ本は、彼が不登校になってから4年の間に集めたもの。

 

「こうやって並べると、背表紙がキレイだ!」

そう言って、大きな背中は立ち去った。

 

今、4年間ホコリをかぶった禁断の領域は、4年間集めた大好きなものを詰めた解放領域へ。

末っ子反抗期

数日前から、小5息子が、1日中、機嫌が悪い。

 

私の顔をみると

「はっ?うるせぇ」

「なんだよ!あっち行け!」

 

とうとう、思春期特有の反抗期が到来したのか?

 

我が家は、子どもが3人いるが、15才息子と中1娘は、今のところ、こういう反抗期が来ていない。

 

初めてが、小5末っ子とは予想外。

 

しかしながら、考えてみると、彼のこのような振る舞いは、今に始まったことではない。

 

幼稚園時代は、幼稚園バスから降りて、癇癪を起こして持っていた荷物を道に放り投げる。

 

それで終わらず、履いていた靴、靴下、幼稚園の制服、帽子を脱いでは投げ、脱いでは投げ。

 

最後は、人通りの多い道の真ん中で大の字なって泣く彼を、端に移動させて、放り投げたものを拾って泣き止むのを待つのが、日常だった。

 

幼稚園以後は、気の合わない子がいて、ムシャクシャするから帰宅したくないとフリースクールに居座り、

スーパーでお目当ての商品がないと、その駐車場で少年の主張を繰り広げ、

持っていたカバンのチャックが壊れたと、地団駄を踏みまくり・・。

 

なんなら、ここ1年くらいは、幼稚園から続く、このような言動がおさまってきたところだった。

 

要は、しばらくおさまっていたものが、復活しただけなのかも。

 

そんな弟を、まだ思春期の反抗期がきていない15才兄と中1姉は

「あぁは、なりたくない」

と、口を揃える。

 

それでも、反抗期再来の息子、寝るときは、私の隣で、私が寝返りができないほどにピッタリくっついているのは、変わらず。

 

こういうのを、ギャップ萌えというのか??

 

さて、今回の反抗期は、どのような様相になるかと、家族皆が、心の中で少しニヤニヤしながら見守っている。

電話のかけ方と受話器の話

先日、母と中1娘と一緒に、入院中の父の面会へ行った。

 

行きの車内で、母が

「お父さんが、携帯の使い方がわからないようで、お父さんからメールが、朝方や夜中に届くのよ」

と。

 

メールの通知音を消音にすればよいのではと、アドバイスしたが、母曰く、通知音は必要なのだと。

 

確かに、父は入院以来、認知機能の衰えが、格段に進んでいる。

 

父の携帯は、スマホではない古い機種のうえに、購入当時

「操作の簡単な携帯だと!?オレは、そこまで年寄りではない!!」

と言って、普通のものにした。

 

送られてくるメールは、病院のスタッフの方が、その日のリハビリ状況などの文面を打ってくれて、送信ボタンだけを、父に任せたよう。

 

入院して、時間間隔がわからなくなった父が、夜中に目を覚ました時に携帯をいじって、そのときにメールの送信ボタンを押すらしい。

 

その日の面会時、メールの文面を打って、送信するのは難しいので、携帯で電話をかけることを、母と共に、父に教えた。

 

1度母の携帯に電話をかけ、履歴から、もう1度かける方法。

 

父は、履歴画面を出すことはできるが、電話をかけるためのボタンが、どうしてもわからない。

 

父の古い携帯には、電話のためのボタンは2つある。

 

1つは、受話器が縦になった絵の『電話をかける』ボタン。

 

もう1つは、受話器が横になった絵の「電話を切る』ボタン。

 

電話をかけるには、履歴画面を出してから『電話をかける』ボタンを押す。

 

しかし、そのボタンが、父には分からない。

 

私や母が

「ほら、電話をかけるには、受話器を耳に当てるでしょ?

そのとき、受話器は縦でしょ?

だから、このボタンを押して」

「受話器が横なのは、電話が終わったら切るでしょ?

このボタン押したら、電話は切れちゃうから」

 

何度もそう父に言っているのを、一緒に来た娘は黙って、そばで見ていた。

 

結局、電話のかけ方を教えるだけで面会が終わり、病院の駐車場へ向かう途中、娘が

「ねぇ、さっきから言ってた『受話器』って何?」

と、母と私に尋ねた。

 

思わず、母と目を見合わせ、黙り込む。

『受話器が・・わからんとな・・???』

 

中1娘にとって、固定電話はみたことはあるが、生まれて以来、普段、親が使っているのは携帯電話。

 

もちろん、携帯電話に、受話器という名称はない。

 

そう思えば、そういう質問もあるか・・と、娘に受話器の説明をすると、すぐに納得してくれた。

 

自宅に戻り、15才と、小5の息子2人にも、受話器のことを知っているか質問をしたら、小5息子は知らなかった。

 

15才息子は

「(登校していたころ)学校で習ったような??」

との返事。

 

これが、ジェネレーションギャップか??不登校の弊害か??と思った日のこと。

 

そして、その日1日で『受話器』という単語を、向こう10年分くらい言った日のこと。

温故知新

小5息子が、最近、通信ゲームをするようになった。

 

相手は、月に1度の、子供同伴OKの不登校保護者のランチ会で、いつも会う不登校の子。

 

だが、息子は相手の子を

「あの子とは気が合わないんだ」

と言って、ランチ会で会っても、長いこと挨拶すら交わさずだった。

 

だが、そのうち少しずつ話をするようになり、気付くと隣同士に座りキャーキャーワーワー。

 

そんな関係の2人が、少し前に、ようやくお互いにライン交換をした。

 

そうして、家に帰ってから連絡をとり、お互いの自宅から、同じゲームで遊ぶように。

 

ゲームの詳細は分からないが、相手の子の声が、こちらにも聞こえてくる。

 

先日は、ゲーム上で、かくれんぼをしているようで

「どこにいるの?全然見つからないよ~!」

「ヒントほしい?○○の近くだよ」

「あっ!みつけた!待て~!!」

 

昔からある遊びを、ゲーム上でするなんて、今と昔がごちゃ混ぜになっているみたいだ。

 

そういえば、私が、このくらいの年齢の時は、携帯電話なんてなくて、連絡手段はお互いの自宅の電話。

 

私の家の電話は、昔懐かしの黒電話で、留守番電話機能もなかったし、通話中の着信もわからない。

 

だから、家族に

「早く切りなさい!お相手に迷惑でしょ」

「○○さんから電話があるかもしれないから、早く切って!」

なんて言われたっけ。

 

今の、1人1台の電話、それも持ち歩きできて、その上、インターネットにラインだの、動画だの・・・、今の目の前の状況を、あの頃は、想像すらできなかった。

 

・・なんて思い出したら、もう1つ、思い出した。

 

よく聴くラジオの、リスナーからのメールのこと。

 

コロナ真っ最中のころ、会社で秘書業務をしているというリスナーからで

『ある役員から、オンライン会議を設定してほしいと言われました。

役員からの要望は

・相手は1人

・共有する資料はない

・短時間で終わる

この場合、どのオンラインシステムを使うべきか?

そう問われたリスナー

「電話がよろしいかと」

と返事をしました』

 

私も、世間も、新しいものに、つい目が向きがちだけど、ところがどっこい古いものも、なかなか・・。

ケンカの終わり方

小5弟と、15才兄のケンカが、1時間以上も続いた。

 

きっかけは、中1妹が持っていた手作りのキット。

 

そのキット、作業が細か過ぎると、中1妹がギブアップして放り出したものを、15才兄が

「オレ、暇だから作ってみようかな」

と引き継いだ。

 

しかし、引き継いだはいいものの、すぐに

「部品が足りない」

「難しい」

と文句を言い出し、イライラ。

 

そのうち、傍にいた、小5弟が、そんな兄につっかかりだした。

 

それも、昔のケンカのことを引っ張り出し、これまでの兄の言動の、あれが気に入らない、これが癇に障ったと。

 

彼らのケンカの理由は、たいてい、こんな感じで弟がゴングを鳴らし、目の前の問題そっちのけで、過去の言動をほじくり返す。

 

今回も、中1姉の制作キットに、兄がイライラしている状況で、弟には全く関係ないのに、弟がケンカを始めるという状況。

 

こんなとき、親の私は、知らぬ存ぜぬのフル無視を決め込む。

 

口喧嘩レベルに第三者が入っていったところで、良い結果は生まないので。

 

台所で、2人の喧嘩を横目に見つつ、ふと、私は、不登校保護者のお話会のことを思い出した。

 

そこでは、子どもが不登校になった理由の1つに

『先生の怒る声が怖いから』

というのが、よく聞かれる。

 

たいていは、不登校になった子が怒られたのではなく、誰かが怒られている状況が、とてつもなくイヤで恐ろしくてというもの。

 

もしかしたら、小5弟は、これに似ているのではないだろうか。

 

兄がイライラした空気をだすことが、誰かが負の空気を出すことが、弟は凄く苦手なのではないだろうか。

 

不登校児は、そのイヤな空気を回避するために、相手が先生では太刀打ちできないと、学校から距離をおいた。

 

だが、弟は、相手が兄ならばと、つっかかっていく。

 

「イライラ感を出すなよ!それが嫌なんだ!」

と言えばいいものを、その言語化が未熟なゆえ?自分でも本当の理由に気づかず?兄との昔のケンカを引っ張り出して

「あのときも、このときも、全部嫌だったんだ!」

と、結果的に、ちょっと的外れなことを言ってしまうのではないか。

 

そう思うと、これまでの、的外れな理由からの兄弟ケンカも、腑に落ちる・・。

 

なんて思っていると、兄が弟にむかって

「おい!見てみろ!オレたちのケンカを、お母さんも、妹もフル無視しているぞ!

それがどういうことか分かるか?

オレたちの、この時間は、全部ムダってことなんだよ!!」

 

兄の言葉に、はたと周りを見渡す弟。

 

ケンカのきっかけとなった、キットの持ち主である中1妹は、イヤホンをしながら寝転がって、ゲーム中。

 

母は、台所でイヤホンをしながら映画鑑賞中。

 

男2人、試合終了。

 

女2人、ちらりと目くばせをした。