吾輩はズボラなるままに

アラフィフです。ズボラ万歳です。小6、3、1年の3児のママです。小6は不登校です。

リセット

子ども3人が学校に行かない選択をしてから、彼らの昼食にはお弁当を作ることにした。


「お弁当に嫌いなものは入れない」
まだ、彼らが登校していた頃に私が決めたこと。


給食も、家でのご飯も嫌いなものは出てくる。
だから、たまの弁当くらいはと考えたのだ。


せっかくの運動会や遠足で、弁当の蓋をあけたら嫌いなものが入っていたら、テンションだだ下がりに決まっている。


実家の母も私の弁当をそうしてくれていた。そのときはあまり感じなかったけれど、今思えばそうだった。


子どもたちの好きなものは揚げ物、肉。
嫌いなものは野菜。


そして更に個々に細かな好みがある。


おにぎりは、ツナがいい。私は鰹節がいい。

揚げ物は、チキンナゲットを毎日入れて。

魚フライは揚げ物でも入れないで。

いやいや、私は魚フライを毎日入れて。

ゆで卵入れて。

ダメダメ、オレはたま~に卵焼きならいいかな。


甘えてくるように、少し遠慮がちに、弁当箱に残して、そんなメッセージを各々言ってくる。


しかしながら、野菜がほとんど入らない弁当というのは、私の技量だとおかずの茶色のパーセンテージがはなはだ、非常に、頑なに、とにかく著しい。


そして、入る種類も代わりばえしない。


それでも台所には、とっかえひっかえ子どもたちが来ては、つまみ食いをしながら偵察。


できあがると「楽しみ」「もう食べちゃおうかな」と、昼にはだい早い時間に蓋を開け、3人ともに、あっという間に食べてしまう。


今日、最後まで頑張っていた小1の末っ子の塾の退会届を出してきた。


これで、小学生のしなければならない机上の勉強というものが いっさいがっさい無くなった。


親として不安じゃないと言えば嘘になる。
でも、彼らが毎日ゲームとYouTube三昧でいいと思った。


どんな経験も、いつか必ず身になる。そんなことが、最近少し感じるようになったから。


食欲の秋。読書の秋。スポーツの秋。リセットの秋。

高い志、言うのはタダ

つい最近から、「安住紳一郎の日曜天国」というラジオ番組にハマっている。

www.tbsradio.jp


昨日の放送で「日本たまごかけごはん研究所」という所が推奨している、卵かけごはんの美味しい食べ方を話していた。

www.tbsradio.jp


その研究所曰く「寿司の次に世界に出ていくのは卵かけごはんだ」と。


高い志である。素晴らしい。


数十年前から推している「柏レイソル」も、ここ数年「柏から世界へ」をサポーターが横断幕に掲げている。


昨年J2に落ちても「柏から世界へ」の横断幕は外さなかった。


たぶん、昨年は何割かのサポーターは「柏からJ1へ」の方が良いのではないかと思ったに違いないが、1度たりとも外さなかった。


高い志である。素晴らしい。「柏からJ1へ」と思った私が情けない。


目標は口に出して言った方がいいと聞く。


では、私も言おうではないか。


「次に世界的主婦の鏡と言われるのは、私だ!」と。


「主婦の鏡は、いかにダラダラすることなり」「この手抜きっぷりは、賞賛に値する」そんな言葉が世界中のSNSを駆け巡るだろう。


言うのはタダ。

傘がない

今週のお題「傘」

 

私のお気に入りの傘は、8年ほど前に美術館で買った2本の傘だった。

 

「だった」というのは、随分と大事に使ったが 一昨年に壊れてしまい 捨ててしまったから。

 

そのお気に入りだった傘の1本は、ゴッホの「夜のカフェテラス

もう1本は、歌川国芳の猫の絵が全面に描かれていた。

 

www.amazon.co.jp

 

bakumatsu.org

 

傘を買ったあの日は、今は小学3年になる2人目の子どもが生まれて半年くらい。

上の子は2才だったかな。

 

母に子ども2人を見てもらって、久々に夫と2人で繁華街に出た。

 

「どこに行きたい?」と夫に聞かれて「美術館へ」と即答したっけ。

 

美術館でどんな展示をしていたのかは覚えていない。

 

私自身、美術館がそれほど好きだったわけではない。

 

ただただ、子どもの鳴き声の聞こえない静かな場所に行きたかったのだ。

 

一通り絵を見終わってから 売店にあった絵の描かれた傘に目がとまり、何本もあったものを1本ずつひらいて閉じてを繰り返し、ようやく決めた2本の傘。

 

それからは雨のたびに、その2本の傘を「今日はどちらにしようか?」と ちょっとだけ悩んでから持っていった。

 

近所のスーパーにも。幼稚園のお迎えにも。子どもの忘れ物を届けにも・・。

 

毎回 傘を開くたびに「(絵柄が)素敵だ」と思った。

 

同じ傘を持っている人には、ついぞ出会わなかった。

 

その傘をさしていると、自分がスッピンで髪がボサボサで歩いていても、子どもが雨の中グズっていても心がちょっとだけ軽くなる。

 

あの傘が手元からなくなってから似たような傘を探したが、なかなか「これは!」という傘にめぐりあえない。

 

さて、今年も梅雨入りだという。

 

また、傘を探してみようか。さてさて、私の傘よ どこにある?

最近

ここに引っ越しをしてきて、もうすぐ1年。

 

今は初夏というのか。梅雨というのか。ここでまだ体験していなかった最後の季節を過ごしている。

 

ここは、風がいつも吹いているので 洗濯物がよく乾く。気持ちいい。風は好き。

 

早朝、霧もよく出る。

 

隣の家もよく見えないほどの濃い霧。そんな日には、私はベランダに出る。

 

ベランダの柵に両手をかけて顎をその上に置くと、心が落ち着く。好き。

 

本当は、朝食の用意などしなくてはならないことが沢山あるのに、ベランダでぼんやり霧をみているのは贅沢だ。

 

何を考えているわけではない。頭は空っぽで、ただただボーっと。

 

これに似た感じが、打ち上げ花火をみているとき。

 

頭は空っぽで、ただただボーっと。

 

そうだ。もう1つ似た感じがあった。

 

YouTubeでお笑いをみている(聞いている)とき。

 

このコロナ渦で、落語とお笑いを見る(聞く)ようになった。

 

古今亭志ん朝博多華丸大吉サンドイッチマン。結局、ここに落ち着く。

 

ボーッとするのはいいのだが、何事も「過ぎたるは・・・」だ。

 

ボーッとしすぎて、最近 以前にもまして 脳にも言葉がでなくなった。

 

今朝は、子どもの「連絡帳」がでてこず「ほら、あのノート。ほら、先生に渡すの。ほら、あれ・・」

 

我が脳内、風そよぎ、五里霧中。

良いことと悪いことと

昨年度まで 我が家は、当時 小学2年と幼稚園年長の子どもが 不登校(不登園)で、1番上の小学5年の子どもだけが、朝寝坊の弟妹を横目に 毎日登校していた。

 

それが、コロナの長い休校を経て 今や立場は逆転。

 

小学6年になった1番上の子どもが不登校で、不登校だった下2人が何事もなかったように登校中。

 

ただ、登校でも 不登校でも子どもたちは明るい(と、私にはみえる)

 

私の気持ちも変わった。良いのかどうかは分からないが、登校しようがしまいが どうでもよくなった。

 

今までは「登校しなくてもかまわない」と言いながら、本当は強がっていた。

 

毎日、子どもを連れて 小学校と幼稚園に少しでも顔を出した。

 

「わたし、子どもをちゃんと教育しようとしています」

「わたし、不登校に子どもを何とか登校させている偉い母なんです」

 

そういうパフォーマンスを外に見せたかったように思う。

 

3月になって幼稚園、小学校が休校措置を決定したとき、私は安堵した。

「あぁ、もう学校(幼稚園)に行かないことを責められない」と。

 

それから3か月あまり。

 

学校は 行きたい人は行けばいい。強がりではなく、ようやく ようやく思えた。

 

 

さて、今は子どものことより、夫のこと、夫婦のことが心配せねばならないのだと思っている。

 

お出かけ大好きな夫が、3月から思春期の子どもみたいに 部屋にこもりっきりだ。

 

出社はしているが、帰宅すると 自室から出てこない。

 

玄関のすぐそばに自室があるため、居間で子どもが騒いでいると 知らないうちに帰宅していることもしばしば。

 

自室で、ゲームと電話をしているらしい。

 

平日はまだいいが、休日は 機嫌が悪い。何かを頼もうものなら睨んで、舌打ち。

 

仕方なく1度はするときもあれば、聞こえなかったかのように部屋に消えてしまうこともある。

 

とにかく食事とトイレ以外は部屋にこもりきり。

 

家族で食事をしていても、会話をほぼせずに 黙々と食べて 部屋へ。

 

そして夜、子どもと私が寝ると起きだして 居間でテレビをみる。

 

夫婦として話し合うことが必要なのだ。そうしなくてはならないのだろう。

 

でも、話すことが億劫である。

 

話し合い始めたら、女特有の昔のことまで掘り返して 毒々しい言葉を吐き続ける自信が私にはある。

 

いや、夫が私の視界にいない状況が 実は気に入っているのだ。だから言わないのかも。

 

以前「夫を大きな犬だと思えば腹が立たない」と言っていた人がいた。

 

以前「お金を家に入れてくれて、暴力を振るわないこと以上に夫に求めることがある?」と言っていた人がいた。

 

良いこともあって、悪いこともあって。悩みのない人間はいない。

 

さて、今日は洗濯物がよく乾いた。

 

なんだ、ほら良いことがあった。

 

そう、今日こうやって書いたら気持ちが少しスッキリしたことも。

心のガソリンスタンド

先月『不登校の子どもをもつ親の会』のお茶会に 我が家の小学校&幼稚園不登校(不登園)コンビを連れて出席した。


この会には、昨夏にも 出席をしたので2度目。


このお茶会が開かれたのは、我が家の不登校コンビが それまで何とか数時間通っていた学校(幼稚園)に ほぼ行かなくなって1か月経った頃だった。


小2と年長。


別に、毎日どこかに遊びに連れていく訳じゃない。


せいぜい隣のスーパーとか、その隣のスーパーとか、そのまた隣のパン屋とか。


まだ小さくて目が離せないとか、後追いが激しいなんて年齢でもないので楽である。


不登校コンビは、毎日明るい。狭い見飽きた家で2人で声をあげて遊び、ケンカして、また走り回って遊ぶ。


でも、何となく なぁんとなく息がつまるような毎日だった。


なんていうか、夏休みがずっと続いている感じ。



だから、そんなときにあったお茶会の誘いは 私のガス抜きには良い時期だった。


当日は 不登校の親だけではなく、役所の福祉課で働く若い父親や、子ども食堂の運営者の高齢の男性、町内会の会長の高齢の女性、大学生なども来て、10名ほどの出席者。



皆がいろいろな観点から「不登校」のことに関する意見や、実状を話した。


みんな話したいことが沢山で、ついつい長く話しちゃって。


みんな感情が高ぶって、声がつまったり 涙があふれて。


みんなの話を聞いている私は 「ほうほう」と眼から鱗で「わかるわかる」と もらい泣きして。


なんだか聞いているだけで、自分の今の立場は『天国』じゃないかと思え、話す番がまわってきた頃には話すのが恥ずかしくなった。


司会をしていた私と同年代の女性は、5人の子どもの母親で そのうち4人が不登校経験者 もしくは 不登校中。


「私、子どもが生まれてから家に1人って経験ないのよ~」と 彼女はカラカラと笑った。


たくましい。


予定の時間をだいぶオーバーし、昼過ぎに始まった会が終わった頃には 日がとっぷり暮れていた。


自分の思いを吐き出し、涙を流して、会場のドアを開けてみんな暗くなった街に消えていった。



私も心にガソリンをもらって、なんだか強くなれた気がした。


あれから1か月。また、会が開かれるという。


満タンになったはずのガソリンが、ずいぶん少なくなっている。切れる前に、また出席することに。


楽しみだ。


強く、賢く、優しい ズボラな母親に 私はなりたい。

私の得意科目

本日は、小学校の始業式であった。


私は、朝から眠かった。
何故って、前日午前2時過ぎまで起きていたから。


正月の怠惰による生活の乱れで眠れなかった・・


なら良かったが、実際は 10才の息子の冬休みの宿題が終わらず、それに付き合っていたから。


頑張っている息子を残して眠れるわけないわ!夜食を作って応援するの!


なぁんて、殊勝な考えからではない。残念ながら。


残った算数ドリルが、ことごとく分からない!全くお手上げ!という息子の家庭教師にならざるをえずだ。


息子が真面目に宿題を始めたのは、始業式前日の昨日午後5時。その時点で、ドリル2冊が白紙。


「何で、こんなに残ってるのに今まであそんでたの?」

「わかってるよ!」


「今日も、やらなくていいのか聞いたよね?そしたら余裕って言ったよね!?」

「うるさぁい!!分かってる!!!」


「あんたが怒鳴れる立場なの?お母さん 教えないからね!」

「はいはい、す・み・ま・せ・ん~!!」


「なにぃ?台形の面積がわからないだぁ?さっき教えたでしょ~!学校でもやったはず・・」


そんな文句を息子にネチネチ言い、息子もイライラしながら返す。


そんなんだから夕食も そこそこに、弟妹を風呂を入れ、寝かせ。


そこから更なる文句言いまくりの家庭教師になったわけだ。


なんたって、己の錆びた脳みそから 数十年開けていない引き出しを探しあて 小数の割り算やらかけ算、最小公倍数に最大公約数、分数、リットル、デシリットル、平方センチに、立方センチ、四捨五入ときて、概数、素数、時速と距離・・。


私、自慢じゃないけど 賢くない。理系の頭じゃない。小数の計算が正しいか?待ってろ!今、電卓で。


そして、時刻は午前0時半。


机にあった『冬休みのしおり』を何気なく手に取り、明日(始業式)の持ち物のページをひらくと・・さっきまでやっていたドリルは持ち物の中に入っていない。


更によく読めば、さっき四苦八苦してようやくに終わったドリルは「暇ならやっておくといいよ」的なもの。


そして、今やっているドリルが提出すべき宿題。


提出すべきドリルは 手をつけたばかりで、まだまだ終わる気配なし。


事実をつきつけられた。時刻は、午前0時半。


何故、何故、提出すべきドリルを後回しにしたんだ~!?


冬休みにしては、宿題の量が多すぎると思ってた~!


っていうか、この『冬休みのしおり』を何故、最初に見ないんだ~!!


親子で叫び、天を仰ぐ。


また増えた文句の種を言いながら、午前2時長き死闘終わる。


お陰で、小5算数に限り得意科目になった気がする 47
才の冬。