吾輩はズボラなるままに

アラフォーです。3児のママです。ズボラ万歳です。

バカ親のつぶやき

私には 9・7・5才の子どもがいる。

幼稚園に入るまでは「早く、1秒でも早く大きくなって」「1人で寝られるようになって」「1人でトイレに行けるようになって」「1人で・・」


いつも、いつも そう念じた。


1番上の子どもが、もうすぐ卒園するとき 初めて「このまま幼稚園にいて」と思った。


学校にいったら、この先 この子を待ち構えているものが多すぎる。


勉強でつまずかないだろうか。


人間関係でつまずかないだろうか。


知らなくていいことを知りすぎて傷つかないだろうか。


この子が悲しむなら、時が止まって欲しい。


どっかのドラマのように本人が知らぬうちに、何度も幼稚園生を繰り返してもいい。


だけど、時は止まらなくて。


下の2人の子どもも、どんどん大きくなって。


それは、生きているってことだから喜ばしいことなんだけど。


食卓で ダジャレで笑ったり、ゲップが出るかどうか競ったりして 3人で笑っているのをみると「時間よ 止まれ」と願ってしまう。


分かっている。くだらない親の取り越し苦労だと。


羽ばたこうとしている羽を、勝手に切るようなものだと。


私自身、色々あったけれど 今が好き。過去には戻りたくない。


でもね、でもね。あぁまったく・・親ってのは勝手な いきものだ。

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わたしとバレンタインデー

今週のお題「わたしとバレンタインデー」

私は 子どもの頃から、甘いものが苦手であった。


チョコレートやアメより、煎餅が好きだ。


もっと言えば 菓子じたい 別になくとも構わない人間である。


男性の甘いもの好きも、肩身が狭いのかもしれないが 女性の甘いもの嫌いも 肩身が狭い。


何故って 女性におけるスィーツの話題は、年令関係なく盛り上がる。


それについていけないのは、色々と困るので 何となくの知識だけは入れておかねばならない。


本当はどうでもいいが「スィーツに興味はありますよ~」的な反応は、最低限のマナーである。


そして「甘いものが苦手」と言うのは、周りに迷惑をかける。


何かプレゼントをするのに菓子類は楽である。


それを、選択肢から外さなければならないのだから 面倒くさいにも ほどがある。


甘いものが苦手な私でさえ 相手が「甘いものが苦手」と聞くと いったい何を贈ればいいのか頭を抱える。


甘いものが苦手なんて、ホント迷惑千万だ。


バレンタインデー、主人が甘いもの好きで 本当に良かった。

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姉の一声

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上の写真は、5才の息子が入園時から幼稚園で使っている巾着袋である。


1か月ほど前から、この柄が気に入らないと 幼稚園のバス停付近で ことあるごとに文句をいいだした。 


ときに、地団駄を踏み


ときに、泣いて道に座り込み


ときに、巾着袋を投げ、ついでに幼稚園の制服やら靴やら靴下までもを脱いで放り投げる。


「もう、カバの絵はイヤなんだよぉ」

「カバとかロケットは、赤ちゃんが使う絵なの!」

「オレは仮面ライダーがいい~!もうお兄ちゃんだから、仮面ライダーがぁぁ」


人通りの多い幼稚園バス停で、青年の主張 ならぬ 幼児の主張は、目立つこと 目立つこと。


誰かに指摘されたのか、周りの同級生の袋に はたと目がいったのかは分からない。


分からないが、母は思うのだよ。


理由とか、きっかけは どうあれ ・・「幼稚園生活も、あと1年ほどなのだから使えよ~、使ってくれよ~」と。


そんな訳で、アメとムチ作戦やら スットボケ作戦やら あの手この手をくりだすが なかなかうまくいかない。


5才児の記憶力、執念 恐るべし。


そんなとき、5才児にとって絶対的存在の2つ上の姉が言った。

「同じ(カバ柄の)袋を、うちのクラスのA君も持ってるよ」


さらには
「そのA君の袋、クラスの皆が"カッコいい"って誉めてるの」


その途端、5才児の目がキラーン‼️
「オレ、この(カバ柄の)袋 つかう‼️」


A君の話の真偽はともかく、超絶ナイスアシストだ!娘よ‼️


しかし、母は知っている。何故、娘がこんな話を弟にしたのかを。


それは 自分の体操着袋が古くなり、穴が開いたので 新しいものを買う約束を 私としたからである。


「自分だけが新しい袋を買ってもらえる」その優越感に浸りたいのだ。


一緒に弟も袋を新調したら、この優越感が半減してしまう。


まぁ、何はともあれ 私の1か月の苦労より 姉の一声 である。

ズボラ 浴室清掃時間を考える

先日、病院の待ち合い室で 主婦むけの雑誌を読んでいた。


その雑誌の読者投稿ページに、目がとまった。


「主人に風呂掃除をさせたら、5分くらいで"終わった!"と言うんです。イヤになる!」


なに!?世間では「風呂掃除に5分」は、掃除に値しない時間なのか・・なんてこった。


ズボラ主婦に衝撃がはしる。


後日、自宅で風呂掃除にかかる時間を計測してみた。


超急いでいるときは、5分かかっていない。
「まぁまぁ、それなりに」のときは8分。


どちらも、雑誌で言われていた「5分くらい」である。


世間では、いったい毎日の風呂掃除に 何分かけるのが一般的なのか。


「ズボラの常識は、世間の非常識」を改めて思った。


思ったが、やはり今日も風呂掃除は5分くらい。


ズボラは、簡単にはなおらないと 改めて思った。


なんてこった。

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子どもの習い事

4~5年前のこと。

幼稚園バスの同じ停留所の母親と 子どもの習い事について 立ち話をしていた。


『子どもの習い事は、ある意味 親の金と時間と労力をドブに捨てるようなもの』私がそう言ったら


「お宅は、お金持ちなのね~」と、相手の母親に言われてしまった。


「いやいや、そうじゃないんだ」と、あわてて説明したが 結局 伝わらなかった。


どうも、私は言葉の選択・話が下手くそだ。


本当は こう言いたかった。


私が思うに 子どもの習い事は「子どものため」という名の「投資」である。


この投資は、難しい。


投資者の思い描く結果がでるかどうか分からないし、なにより結果が すぐに出ない。


投資金の回収は 経験上・・難しい気がする。


そして この投資のもっとも難しいのは、何をもって成功なのか、失敗なのかのハッキリした基準がないこと。


私自身、子どものときは 習い事をさせてもらった。


習い事は、母が家計をやりくりして捻出したお金である。大変であったろう。


母は、その回収を求めた。結果を求めた。


求めた背景には 自身の兄弟の仲がわるいことがあった。


兄弟の子どもより、我が子が劣るという事態は 母にとって ガマンならないことであった。


同時に ママ友の子どもに負けることも、ガマンならなかった。


母は、私にライバルを そのつど設定。


そして「○○ちゃんはできるのに」が母の口癖になった。


私が ライバルに奮起し、お金を工面してくれた両親に恩返しをしようという殊勝な子どもなら良かった。


私は、完全に萎縮してしまう子どもだった。


どうしたら習い事をやめられるか、母に失敗を怒られずに済むか。反面、どうしたら母に誉められるか。


そればかり考えていた。


だから、習い事は辛かった。


母の思うような結果もだせなかった。


できなかった自分への情けなさと、母へのわだかまりが 長い間残った。今も、本当はある。


だから、親になった私は 子どもに使うお金は 回収しない、できないものとした。


ライバルは設定しないことにした。


子どもの習い事には、どれほど進度が遅かろうが 本人が続けたいなら、困っていないなら いっさい口を出さない。


困っているとき、やめたいと言ったときだけ、 本人と教室の先生と話す。


そう決めたから、だから 冒頭の『習い事の金は、ドブに捨てたと同じ』という言葉になってしまった。


でも、本当は心配。これでいいのか?


「子どものため」という名の、色々な情報が 私の目に耳に 毎日とびこんでくる。


もっと、積極的にかかわったほうが良いのか?


母が私にしたことも、今なら分かる。そういう時代・風潮もあったのだろう。


勉強して、厳しくしてもらって良かった面も多々ある。


でも、私は やっぱりしたくない。


私の選択は「子どものため」という名の 単なる母への当てつけなのかもしれない。


難しい。わからない。何が正しい?

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グータラ母ちゃんが 焼きそばをつくるとき

我が家は、インスタント焼きそば(袋麺)を買い置きしている。


3人の子どもたちも、私も好物である。


焼きそばは、その1品で野菜・たんぱく質・炭水化物が1度にとれる優れもの。


同じようなグループには 焼きうどんや、パスタもあるが 子どもたちの箸が 何故かすすまない。


インスタントラーメンは、野菜を添えると ブーイング。


だが インスタント焼きそばだけは、野菜をどれたけ入れても モリモリ食べてくれる。


休みの前の金曜の夕食は、たいてい このインスタント焼きそばだ。平日の夕食に、帰宅が遅い主人は 食卓にはいない。


5袋入りのものを5袋すべて使い、冷蔵庫の余り野菜をたっぷり入れて かさ増しして 大量に作る。


夕食で食べきれなかった焼きそばは、保存容器に入れて 冷蔵庫へ。


そして「明日の朝、お腹すいたら コレ食べてね~」と子どもたちに伝える。


そう、小学校も幼稚園も休みの土曜の朝は グータラ母ちゃんは起きてこないのだ。


子どもたちは、これ幸いと 朝5時からYouTubeとゲーム三昧。


普段はできぬ、テレビやゲームをしながらの朝食。
子ども3人で 昨夜の残りの焼きそばをつつく。

「おい、皿もってこいよ」

「何で、私が持ってこなきゃならないのよ!」

「ボクの焼きそば、少ない~」


そんな声を聞きながら、寝床でウトウトしたり 携帯をいじったり。


「さっきから、○○ばかりが好きなテレビみてる!代わって!」

「あ~、(末っ子が)飲み物こぼした~」

「なにやってんだよ~!早く拭けよ!」


そろそろ、来るぞ。


「お母さぁ~ん!みんなが怒る~(泣)」


さて、起きるかぁ。

551豚まんの赤い箱

www.551horai.co.jp

結婚するまで、この店のことは 全く知らなかった。


大阪に出張の多い主人が「これ、旨いんだ」と、新大阪駅で土産に買ってきてくれたのが最初。


それ以来、ファンになった。


最初は4つ入りの肉まん(豚まん)の土産が、家族が5人になった今では 10こ入りに加え、10こ入りの焼売も買わないと足りなくなった。


中身がギッシリつまった大きめの肉まんと 焼売は けっこうな重さである。


新大阪駅の551の店は、私も何度か行ったが いつも並んでいる。


加えて、近年は「肉まんの匂いが車内に充満するのはいかがなものか」と議論にもなった。


それでも、主人は時折 買ってきてくれる。


買ってきても「おかえり~」「わぁ!お土産!」なんて声はきこえない。とっくに眠って、妻さえ起きやしない。

そして、翌朝早くに1人出勤。

「睡眠優先」と、せっかくの551は食べないまま。

今日も出張だから、帰ってこない。

重い肉まんと焼売を運んだだけ。


主人が1人出勤して数時間後、寝ぼけ眼の私がのっそり起きて やおら冷蔵庫を開ける。


冷蔵庫に鎮座するは 551の未開封の赤い箱。


「やった!朝食は作らなくて済む!」思わず にんまり。


肉まんを温めて、昨日の残りのスープも温めて 朝食は出来上がり。


いい匂いの湯気がたちのぼる食卓に、子どもたちも 朝から「おぉ~」「やった~」と歓声。

もちろん、スープにではない。


冷蔵庫の551の赤い箱は、いつもお腹と気持ちを満たしてくれる。