不登校児先輩ママと、カフェでお茶をした。
以前は証券会社だったところを改装したカフェで、洒落た内装と、地元の食材を使ったご飯を出してくれる。
小5の娘と小3息子も行きたいというので、一緒に。
先輩ママは、4児の母で、子ども全員が不登校や 行き渋りを経験し、且つ、現在も経験中。
初めて彼女に会ったとき、彼女は豪快に笑いながら
「私、子どもが生まれてから、今の今まで、子どもが、必ず誰か家にいるのよ~」
「子どもはさ、生きててくれれば、それだけでいいのよ!」
まだ、不登校に対し、眉間にシワを寄せまくっていた私に、その言葉は響かなかった。
お坊さんの説法を聞いているような。
「わかっちゃいるけど、理想論だよね」
っていうか。
でも、同時に
「そういう考えが、そういう世界があるのか」
とも感じた。
あれから、彼女と何度か会って、話していくうち、そういう考え・そういう世界っていうのが、私にも分かってきたところ。
「そうは言っても、私だって、未だに不安になるよ」
「子ども4人、それぞれに違うからさ」
と、彼女は言う。
彼女のお子さん4人は、既に成人されているお子さんもいて、4人それぞれが、不登校の理由も、その過程も違っている。
でも、4人のお子さんに共通しているのは、皆、好きなものを見つけて、それに向かって進んでいること。
結果、彼女の家庭の方針である
「お金を親が出すのは18才まで」
というものに、子ども自身も備えており、18才過ぎると、自立するという。
彼女自身、子どもが不登校だというのに、PTA会長になったり、子ども会の役員になってみたり。
「だってさ、もし少しでも学校とか、先生、保護者が変わったら、不登校の子が行けるかもしれないじゃない」
というのが理由。
今は、不登校児とその保護者が集まれるような場所を作りたいのだという。
この親にして、この子ありというか、4人のお子さんは、彼女の背中をみて、そうなったのかなぁ。
絶え間なく話す、おばちゃん2人の隣で、一緒にきた我が子たちは、持参したゲームで遊んだり、たまに、話に入ってきたり。
そろそろ帰ろうかというとき、私がトイレから戻ると
「今さ、あなたのお子さん2人に、いま幸せ?って聞いたら、うんって言ってたよ」
「このままで、あなた大丈夫だよ!」
と、彼女が言った。
嬉しかった。
物事をすぐナナメに、裏をよんだりする私なのに、素直に嬉しかった。
日が傾き始めた帰り道
「もう夕飯は、スーパーでお惣菜買っちゃおうか!」
と言ったら、子どもから歓声が上がった。
夕日と歓声と、沢山いろんなことが、私も幸せって思えた日。