年に1度顔を会わせるかどうかの、ウチのお隣さん。
隣なのに、生活の時間帯が合わないのか、我が家が引っ越して3年以上経つのに、まったく会わない。
そのお隣さんの部屋から、時折、たまらなくいい匂いがする。
我が家のそれとは全く異なる、スパイスを沢山入れているであろう、そうあの超本格的なカレーの匂い。
お隣さんは、若いご夫婦。
お隣さん夫婦は、たぶんカレーの元祖の国の方。
もしそうであれば、この超本格的の匂いは至極当然。
とにかくこの匂いは、私の全嗅覚をそれに集中させる。
そう、たまらなくいい…
と、思っていた矢先、偶然、同じエレベーターにお隣のご主人と乗り合わせた。
千載一遇。これを逃してはならない。
おばちゃんの図々しさを、ここぞとばかりに発動させ、声をかけた。
「お宅から、凄くいいカレーの匂いがするの」
「あれは、私には絶対作れないカレーよ」
「素晴らしいわ」
「いつも気になってて」
今考えると、これは怖い。
まさに不審者の言葉。
しかし、お隣さんは、ニコニコしながら
「嬉しいな!今度作って持っていきますね」
「野菜カレーでいいですか?それとも肉も入れた方が?」
「そうだ!私の妻にも会ってください」
と流暢な日本語で言い、玄関先にこれまた、目鼻立ちのハッキリした美人の奥さんが、少々戸惑いつつ笑顔で出てきた。
それが、私はとても嬉しかった。
お裾分けが当たり前だった、私の子ども時代のような近所付き合いができるんじゃないかと。
しかし、時間が経って、冷静になると、令和の時代にこれはまずかったと頭をかかえた。
この状況でカレーなぞ、未来永劫持っては来ない。言葉だけだ。
実際しばらく、お隣からカレーの匂いがパッタリ消えた。
あぁ、確かに、そりゃ警戒されるわな。
こちらにしても、何を根拠に、お隣さんはいい人だと思い込んだのか。
そんな訳で、カレーの匂いも、お隣さんとも会うこともなくなって1カ月半ほど経った頃、久しぶりに、あのカレーの匂いがした。
そして、我が家のインターホンが鳴り、出てみると、お隣さんが少し大きめのどんぶり鉢をかかえて立っていた。
中には、カレー。
「辛いから、お子さんには無理かもしれないけれど…」そう言ってお隣さんは立っていた。
ビックリしたけれど、それよりなにより嬉しかった。
お礼を言って、家族で早速食べてみた。
子どもたちは、咳き込むほど辛くて、ギブアップ。
しかし、夫と私は「こりゃあウマイ!」「その辺のインド料理屋より上だ!」とペロッと平らげてしまった。
お返しは、迷った末、カレーの入っていた、どんぶり鉢に炊き込みご飯を入れ、とてつもなく美味しかったと、翻訳アプリ丸写しの英語の手紙を添えた。
後日、漢字も入ったキレイな字で「美味しかった」と手紙がきた。
手紙には、ご夫婦2人のメールアドレスもあった。
そして、私たちは、今、メールのやり取りを続けている。
お隣さんは、やはりカレーの国の方だった。
作り方を教えて欲しいとお願いしたら、了承してもらえた。
いつになるかは分からないけれど、カレー作りが楽しみ。