10年以上前になるが 子どもが生まれる前、夫婦2人で福島県へ旅行に行った。
肉が好物の主人のために「肉が美味しい」と評判の1件のペンションを予約した。
記念日だったので、数ある肉料理の中から奮発して「シャトーブリアン」を夕食にお願いした。
2人とも「シャトーブリアン」を食べたことなど 1度もない。
テレビのグルメ番組で出演者が「美味しい」と絶賛していたのを見たことがある程度。
しかし、味覚というのは人それぞれであり それにテレビ番組で「マズイ」とは言えまい。
だから、内心あまり期待はしていなかった。
ペンション到着前にみた、五色沼が思った以上に素晴らしく「これが見られただけでも良かった」と言いながら席に着いた夕食。
メインの肉料理の前に出てきた野菜サラダに驚愕。
生野菜に、塩コショウとオリーブオイルがかけてあったろうか。
たいした味付けはしていないのに、この野菜の甘さは何だ。
オリーブオイルってこんなに美味しいものだったのか。
野菜嫌いの主人が「何だこれ」と言いながら、ペロリとたいらげた。
メインの肉料理が出るまでに夫婦で「どこのオリーブオイル?」「この野菜、どうなってんの?」「何でこんなに美味しいの?」とヒソヒソ。
次に出てきた米沢牛のあぶり寿司にも「何だ溶けるぞ。この肉」「なによぉ、グルメレポーターのお決まりのセリフを・・・ホントだ、溶ける」
そして出てきたメインの「シャトーブリアン」
焼き加減はレアだった。いや、かなり生に近かった。
「ウェルダンが好みだけどな」と思ったが、まぁ1口食べてみて それからお願いしてもいいかとナイフとフォークを刺した。
肉が切れた。
ナイフを手前に少し引いただけで肉が切れた。
表面だけ少しあぶっただけのような中身は真っ赤の肉。
またしても口の中でとろけた。
味付けは塩コショウのみだが、他を入れてはいけない味だ。
「美味しい」しか言葉が浮かばない。
あぁ、このセリフもよくグルメリポーターが使っていたっけ。
いやいや、そんなどうでもいい思考は邪魔だ。
この肉を全身で味わいたい。
ゆっくり会話を楽しむこともなく ただただ2人で黙々と食べた。
食べ終わって、部屋に戻ってドアを閉めた途端
「ちょっと、何?あのお肉?」
「驚いたよ」
「グルメリポーターの言葉もまんざら嘘でもないようね」
「世の中には、こういう食べ物があるんだな」
「生まれて初めて、野菜がうまいと思ったよ」
延々2人で、出てきた食事のことを話し続けた。
「また行こう」
そう言ったのに、あれからまだ1度も行っていない。
「子どもたちには勿体ない味だ」
「あれは、自分で金を稼いでから味わうべき味だ」
そんなことを言っていたら、福島からどんどん遠ざかってしまった。
1度だけ、近所のステーキハウスでシャトーブリアンがあったので頼んだことがあったが 夫婦で落胆してしまった。
10年以上経って、味が頭の中で美化され過ぎてしまったのだろうか。
それでも毎年「福島に行きたいね」そう言いながら、いつも1年が過ぎていく。
今年こそは行きたい。ペンションフレージェへ。