私が子どもの頃、母が
「私はもうすぐ死ぬと思う」
と言い出すことが、何度もあった。
小中学生くらいまで、母が
「死ぬ」
と口にするたび、悲しくなってしまったが、高校生くらいになると、これはネタなのかなと思うように。
普段の母は、非常にパワフルだった。
安売りと聞けば、自転車でどこにでも、何度でも往復し、重たい戦利品を、荷台にくくりつけ、えんりゃこりゃと運んで帰ってくる。
私たち子どもの学校や塾の宿題と予習復習を、近所でウワサになるほどの檄を飛ばしながら見る。
「あんな集まり、楽しくもなんともない」
と言いながら、陶芸教室やら刺繡教室、編み物教室へ行く。
「誰もやらないから、仕方ないのよ」
と言いながら町内会やPTA役員を何年もする。
「ホント、あの人は、ろくな話しないんだから」
と言いながら、ママ友や親せきと数時間の長電話をし、自分の周囲のあらゆるネタを、ガッチリつかんでいる。
これが、母の毎日だった。
そんな人が、突然に
「私、もうすぐ死ぬと思う」
と言われた日には、子どもはビックリする。
初めのうちは、母の
「死ぬ」
の言葉のインパクトが強すぎて、それにばかり気が向いていたが、そのうち、その理由が、どうもおかしいことに気付いた。
その理由というのが
「昨日、幽体離脱をした夢を見たから」
「子どもの時に毎日、金縛りにあっていたから」
「出産するまで、ウェストが52センチだったから」
「足の小指を2日続けて、部屋の角にぶつけたから」
そして、決まって締めは
「子どものとき身体が弱くて、医者に、この子は大人になれないって言われたの」
「おじいちゃんが、結婚相手(私の父)のことを気に入らず、心労で、どんどん痩せちゃって、ウェディングドレスが採寸するたびにゆるくなっちゃって」
「最近の若いアイドルが細いと言うけど、私の方が細かった」
『もうすぐ死ぬ』
そう思うにいたる理由が、私には分からなかった。
そんな母から電話があった。
「私、自転車で転んじゃって」
御年、80才の母のこと、すわ、骨折か!?と、こちらは心配したが、膝を擦りむいただけと。
「ホント、膝が痛かったわぁ」
と言いながら、翌日から、購入したヘルメットと膝あてをして、また自転車をこいでると。
「あっ、でもね、買った荷物はスーパーの配達を頼んでるから」
「だって、お父さん動けないんだもん、私が買い物しなきゃダメでしょ」
と、自転車をこぐ理由を説明してくれた。
子どもの時の母を診てくれたお医者さん、お陰様で、母は無事に大人になってから、60年経ちました。
ここ20年ほどは「死ぬ」と言いません。
ここ最近は、アイドルのスタイルに言及しません。
足がつることはあっても、幽体離脱とか金縛りはないようです。
近所や親戚のウワサ話は、大好きです。
子どもに、自分のことで迷惑をかけることはありません。
私も、子どもに迷惑をかけない80才になっていたい。
まぁ・・それ以外は、反面教師にして。