吾輩はズボラなるままに

15才、中1、小5の3児のママです。子ども全員明るくニート&不登校中。ズボラ万歳で過ごしています!

寝坊できたね

小6娘は、病院に受診したわけではないが、たぶん母子分離不安である。

 

この意味は、読んで字のごとく、保護者から離れると不安になる子どものこと。

 

junior.litalico.jp

 

「小学生なんて、そんなもんじゃない?かわいいもんでしょ」

と言う声もある。

 

確かにそうも思うが、少し前まで、何処に行くにも、彼女は私に付いてきた。

 

徒歩5分のスーパーへも、階下のゴミ捨て場にも、回覧板をまわすのに、同じ階の部屋へも。

 

家にいたとて、私がトイレが少々長いと、扉が何度もノックされ、寝室で寝転がっていると

「いつになったら、居間に来るの?」

と、私が居間に行くまで、何度でも繰り返された。

 

どうしても私1人で出掛けねばならないときは

「どうしても行くの?」

「何時に帰ってくるの?」

「寄り道はしないで」

「早く帰ってきて、絶対だよ、絶対・・」

と、どっちが親だかわからないような会話が、毎度何度も玄関で繰り広げられた。

 

まるで、乳幼児期の後追い行動、もしくは束縛好きのパートナーのよう。

 

束縛好きの方は、経験ないけれど。

 

他人からは

「お母さんが好きなのね」

とほほえましい行為にうつるようだが、実のところ、当時は、息が詰まった。

 

今はそこまでのことはなくなったが、入浴は毎回一緒、就寝時間も私と一緒、寝るときは私と手をつなぎ、私1人の外出時はどんなに近くでも

「周りをよく見て、絶対に気を付けて」

「遅くならないでね」

の言葉を、少なくとも各3回は聞く。

 

そんな彼女が、今月に入り、連日の朝寝坊。

 

就寝時間も私と一緒の彼女は、当然、起床時間も一緒でなくてはイヤ。

 

私1人で起きようものなら

「どうして起こしてくれないの?私1人を残していくなんて・・」

と泣かれた。

 

ちなみに、そういうときの寝室には、たいてい小4の弟も寝ているので、1人ではないのだが。

 

そんな背景での、朝寝坊である。

 

さらに、最近1人で起きてフリースクールに出かけることに、生きがいを感じている弟は、早起きなので、まさに1人きりの寝室での朝寝坊。

 

遅く起きてきた娘は

「なぜ起こしてくれなかったのか」

と泣くことも、抗議することもなく、黙って居間に来て、寝転がっている。

 

不登校の上に朝寝坊なんて、堕落もいいところだが、娘にとっては成長・・だと信じている、信じるしかない。

 

不登校の親は、何でも良い方にこじつけるのが、特技になるようで。

 

この年になって、特技が増えちゃいましたわ。

へへへっ。

両親と

2か月に1度の、父の大学病院への定期健診に付き添った。

 

ずっと母と父でバスを2度乗り換えて、1日がかりでの病院通いだったが、昨年くらいから、母の代わりに、車のある私のお役目になった。

 

今回は、担当医に聞きたいことがあるからと、母も一緒に。

 

父はおぼつかない足取りだが、1人で歩行できて、身の回りのことも自立しているが、記憶の方はあやしいよう。

 

24時間365日一緒の母にとっては、同じことを何度も聞かれたり、ムダと思える行動をする父のことがイライラすると、病院の待合室でボヤく。

 

予約をしていても、受付をしてから、毎度2~3時間待ちの大学病院。

 

父が呼ばれる診察室からは少し離れているが、父が座りやすいようにと、母は1番ゆったりした椅子がある待合室に父を座らせた。

 

だが

「どのくらいの人が待っているのか、診察室の近辺を見に行ってくる」

「もしかしたら、もうすぐ呼ばれるかもしれない」

と、すぐにヨロヨロ立ち上がる父。

 

それに対して

「呼ばれるときは。手元の呼び出し受信機が鳴ります!」

「待っている人数を把握したところで、何にもならないでしょ!」

「座っててちょうだい!まったくもう!」

と、イライラの母。

 

診察室周辺を見れば気が収まるのならと、私が父と一緒に、診察室近くへ行くことに。

 

いくら座りやすい椅子と言えども、私も、そろそろ腰をあげたくなったし。

 

行ってみると診察室の周囲の椅子は、ほぼ空きがないほどの盛況っぷりで

「あぁ、なるほど、混んでいるんだなぁ」

と父は納得して、またゆっくりした足取りで戻った。

 

この付き添いくらいしか父とは会わない私には、父のこんな言動は許容範囲。

 

でも、毎日顔を突き合わせていると、そうはいかないのは分かる。

 

私も夫の言動には、優しくなれないしなぁ。

 

ようやく病院をあとにし、昼過ぎに、両親を実家に送った。

 

いつもは、そのまま自宅に早々に私は帰るのだが、空腹だったので、久々に実家でお昼ご飯を食べ、久々に、両親と他愛もない話をした。

 

天気の話、料理の話、家族の話、昔の話・・。

 

「お父さんみたいに、私もあぁなるのかしら、もう多少はなってるのだろうけどって思うと、それが怖いし、嫌で」

と母が言い

「お構いはできないが、また(実家に)寄ってよ」

と父が言い。

 

そう遠くない場所にいるのに、不義理をしている自分に反省した日。

ディフィカルトなのである

隣のインド人ご夫婦の、奥様から教えていただく、お互い相手の言葉がわからない者同士の、英会話教室は順調に回を重ね、3回を数える。

 

reysolharukei.hatenablog.com

 

回数は順調だが、私の学生以来の英会話は、不調そのもの。

 

それでも、奥様は嫌な顔一つせず、辛抱強く、教えてくれる。

 

授業は、奥様が事前に用意した、いくつかの単語の、過去形・現在形・未来形をおしえてもらい、それを用いた短文を、お互いが言う。

 

単語自体は学生時代に習っており、問題はないのだが、私の言う短文は、確実に間違っており、それを直してもらう。

 

直してもらいながら

「そういえば・・この単語と、あの単語って、同じ意味なのかな?」

と、私が質問をして脱線。

 

脱線して、奥様の教えてくれることに

「それって、えっと、そのぉ、あれだ・・」

と、ウンウンうなった末に出てきた、私のつたない単語とおかしな文で、また脱線。

 

そんな脱線につぐ脱線にも、ニコニコしながら、丁寧に1つ1つ聞き取ってくれて、正しい文に直してくれながら、授業の進みは牛歩のごとき。

 

脱線ついでに、発音練習も行われ。

 

『ノベル(novel/小説)』『ノーベル(nobel/人名・賞)』

の発音の違いを。

 

別の日には

クラウド(cloud /雲)』『クラウド(crowd/群衆)』

の発音の違いを、2人で顔を見合わせ、それぞれ10分近く行った。

 

だが、できたような、できないような、分からぬような、やはり分からぬような。

 

ただ、この年までそういう発音をしてこなかった者に、一朝一夕にできないということだけは自信が確信に変わった。

 

それを、英語で言いたいが言えず、出てきた言葉は

" It's very difficult. "

 

授業は1時間だが、授業の延長のような、そうでないような雑談が、回を重ねるごとに長くなる。

 

近所の店の情報、家族のこと、学生時代のこと、休日に行った場所などなど、お互いつたない英語と、つたない日本語で話したり、書いたりしながら。

 

在宅勤務が多い、日本語が堪能なご主人が、仕事が一段落してこちらに来て、また3人で話してしまうものだから、私のお隣さんへの在宅時間は伸びてしまうわけで。

 

でも、ダメもとで頼んでみた英会話教室は、私にとって新しい扉が開けたような時間で、場所で、とても楽しい。

 

これで、英語も上達すれば、さらに新しい扉が開くのだろうが、そちらの扉は、まぁ重くて重くて・・。

 

えっと、そう、言うなれば・・

It's very difficult.  な、訳で。

夫とランチ

昨年12月に、久しぶりに夫と2人で食事をしたときに

「毎月、2人で食事をしよう」

と約束した。

 

reysolharukei.hatenablog.com

 

だが、自分の趣味に大忙しの夫と、最近は少しずつ外出するようになった私は、1月は予定が合わなかった。

 

なので先日、夫とランチをした。

 

場所は、住んでいる団地の人が勧めてくれた、近所のお店。

 

入ってみると店員2人だけの、小さいが洒落た店内で、ほぼ満席。

 

洒落てはいるが、決して緊張するような雰囲気ではなく、席の配置も余裕があり、メニューは手書きの達筆な筆で書かれている。

 

天ぷらや、煮物、焼き物などなどの和食と、お酒の種類も豊富で、私好み。

 

自分の趣味優先で、ほとんど家をあけている夫のことは、気にしないことにした。

 

いわゆる『興味がない』部類のグループに属させた。

 

なのに離婚や別居をするに至らないのは、経済的なこともある。

 

それと、子どもに対してハードルを下げたので、夫にもハードルを下げることにした。

 

随分前、まだ学生だった時、自分と同年代の子に

「お父さんが暴力も振るわず、お金ももってきてくれて、他に何が不満なの?」

と言われ、何も返す言葉が見つからなかったことが、私の頭にあるのも一因かな。

 

結局は、お互いが、この関係を継続させる方がよかろうと、そのために必要な時間だと思って、ここに夫婦でいるわけで。

 

家の中では話さない私たちだが、そのランチの店では、2人してよく喋った。

 

アルコールを飲んだことも、良かったのだろうか。

 

そして帰宅して、数分後に、夫は出掛けて行った。

 

また私たちは話さなくなった。

 

でも、来月はどこで食べようかと思っている。

 

こうやって書いてみると、変な関係だが、まぁしばらくは、こうやってみるのだ。

 

先のことは分からないから、今、自分が

『これならいいか』

ってできることを。

結局、行きたい場所

毎月参加している、地元の不登校児保護者のお話会に行った。

 

reysolharukei.hatenablog.com

 

ここは、保護者の愚痴と情報交換の場である。

 

子ども同伴可能なので、いつも、小6娘と小4息子も一緒。

 

飲食ができるので、子どもたちは

「その飲食目当てだ」

と言っているが、毎回参加しているのは、それだけではない気も。

 

他に、主催者の小学生のお子さん1人も必ず来る。

 

子どもたちは皆、ゲームが好きなので、ゲーム機持参で。

 

保護者達が話に夢中になっている隣で、子どもたちは各々が黙ってゲームをしている。

 

傍にいる大人から見れば

『せっかく来たのだから、顔見知りもいるのだから、お互い話せばいいのに』

と思う。

 

だが、そんなことは保護者も言わない。

 

おそらく、不登校の保護者は、子どもにそういうことをしても、ろくな結果にならないことを身をもって知っているから。

 

それと、この場で、子どもに指示をしているより、自分の話したいこと、聞きたいことがありすぎて、それどころじゃないというのもあるかも。

 

そんな感じで放っておいた子どもだが、たいてい、気づくと、離れていた席が近づいていて、喋っている。

 

今回は、小6娘が、主催者の小学生のお子さんとぴったり椅子を隣にくっつけて、ゲームをしていた。

 

小6娘は、かなりの人見知りで、集団のなかにいると、俯いて身体が固まり、食事も喉をとおらない。

 

ここでも、空腹なはずなのに、飲み物を少し口にするだけ。

 

それが今回は、お菓子を食べながら、ゲーム機片手に、となりのお子さんと話していた。

 

息子の方は、いつも通り、最初から食べすぎなくらい食べ、いつの通り、腹も満たされて場に慣れると、たくさん話して歓声をあげていた。

 

対称的な姉弟だが、集まりが終わって、感想を尋ねると、歓声をあげていた息子が

「あの子に気を遣って、楽しくなかった!次回は行かない!」

と言い、1人で俯いていただけにみえた娘が

「楽しかった、また行きたい」

と言う。

 

そして翌月になると、結局は、息子も娘も一緒にとなる。

 

親子共々、結局は、そこへ行きたいのだ。

娘と観劇ふたたび

先月の観劇が15年ぶりという私と、人生初という小6娘のコンビで、今月も観劇をした。

reysolharukei.hatenablog.com

 

今回の劇は、ギリシャ神話をもとにしたもの。

 

前回の劇より、さらに娘には難しかったようで退屈だったのか、上演中、身体があちこち動いていた。

 

でも終演後は

「ちょっとは内容分かったよ」

「観てよかった、こういうのも勉強になるし」

「舞台って、観ている側に想像力が必要だよね」

との感想。

 

たしかに、舞台ってのは、観客に多少の想像力がいる。

 

映画やドラマは、近年は、CGやら、特殊な技術を使えば、外国だろうが宇宙だろうが、どこにでも行けるし、俳優自身も何にだってなれる。

 

だから、見ている方は、そこがどこなのか?これが誰なのか?なんて考えることは、ほぼない。

 

けれど、舞台はそれらを、俳優自身、照明、衣装、音楽、大小の道具・・など限られたもので表現するので、観客にも想像力がいる。

 

なんてことを、最近2度観ただけのド素人が言うのは、甚だおこがましいよな・・。

 

娘が、劇で1番よかったところは、俳優さんが客席通路を通ったことだそう。

 

彼女の席は、1番端の席だったので、自分のすぐ隣を俳優さんが通ったため、印象も強かったみたい。

 

帰り

「どこかでお茶でもしていく?」

と娘に尋ねたが、首を振ったので、そのまま帰路へ。

 

行きの電車では、目の下まで覆ったマスク越しにもわかるほど、緊張した面持ちで、身体をこわばらせていた娘が、帰りの電車では眠っていた。

 

途中に通った、表参道や青山やらの駅からは、おしゃれをしたお嬢さんが沢山乗ってきた。

 

眠った娘をとなりに、いつか彼女も、こんな街に行ったり、行きたいと言うのかしらと思った日。

チャットルーム

昼夜逆転している中3息子が、居間にあるパソコンを夜中に使っているのは知っていた。

 

だが、どこにアクセスしているのかは知らなかったし、私もそのことに興味はなく。

 

だから、知らん顔をしていた。

 

それが、最近、何かの会話で

「オレ、チャットグループのリーダーなんだ」

と、息子本人が話した。

 

「え?え?いつから?」

「どういう付き合いなの?」

「どうやって知り合ったの?」

「なに話してるの?」

「変な集まりじゃないでしょうね?」

という言葉を、寸でのところで飲み込み

「へ~~、楽しい?」

という言葉だけで終わらせた、私。

 

だてに、不登校児3人の親を4年もやっていないでしょ??

と、自画自賛させてほしい。

 

楽しいかと私に聞かれ、息子は

「あぁ、楽しいよ!」

「メンバーには、大人もいるらしくて ” 今、会社から帰った~ ” !とか ” 酒飲みながらしてるよ! ” とか言っている」

そう言って、少し笑った。

 

そういえば、私もその昔、顔も性別も年齢も知らない相手と、夜な夜なチャットをしていた時期があった。

 

誰もが入れるようなチャットルームで、何となく文字を打ったら返してくれる相手がいて、それが嬉しくて入り浸ったっけ。

 

普段の生活に疲れきっていたころだったな。

 

そのチャットルームでは、書いたことが本当でも嘘でも、そんなことはどっちでもよくて。

 

そこで出会った人は、友達だけど、友達じゃなくて、そんなことはどうでもよくて。

 

その時の私には、とにかくそんな状況が、とても気が楽だった。

 

息子は、ほとんど外出しないし、不登校で、勉強もずっとしていない。

 

だけど、チャットで家族以外とつながっているらしい。

 

つながっている『らしい』だけど、良かったなぁと思った。

 

そして、ずっとずっと忘れていたけれど、私もチャットで、あのとき助けられていたことを思い出せた。

 

良かったなぁと思った。